公と私の概念とマスコミの処遇について

公と私の概念

第三セクターの話

マスコミの話に入る前に、第三セクターの問題点から公と私の概念をしっかり整理しておきましょう。
第三セクターというのは公的機関と私企業が共同出資して設立された企業なんですが、昔からこの形態評判悪いことで有名です。

事業形態を第三セクターにする理由は、公の資金と民間のノウハウを融合させることで採算性が死にかけた公共インフラを維持運営していくことが出来るから。
一見もっともらしいこと言ってるように見えるかもしれないですけど、もう既にこの時点で欺瞞だらけなんですよね。

まず、第三セクターを活用するということは事業を採算ラインに乗せるには民間の資金だけでは足りないということなんですが、まぁB to Cを目指す理由 その1で話した規模の利益ということで、赤字の事業を黒字にするには規模を大きくする必要があるからその分多額の資金投入が必要というのは分かります。

しかし、多額の資金投入をすれば後は民間のノウハウで出来るというのであれば、それは共同出資ではなく貸し付けでいいはずです。
一時的にお金を貸して、規模の利益で黒字にして借金を返済すればいい。
そしてそれが出来るなら公がわざわざ出資しなくても、民間だけで銀行から借金で資金調達出来ます。
なのでそれをしないで三セクにするってことは、最初から採算取れないって分かってるから。
当然銀行が出資するだけの見込みのある事業計画なんて立てられないので、そもそもノウハウ自体持ってないんですよね。

そして更に厄介なのが札幌ドーム問題みたいな事例です。
札幌ドームは日本ハムファイターズがいた頃は黒字経営だったんですが、ファイターズが本拠地をエスコンフィールドに移転してから赤字に転落しました。
勿論ずっと赤字だと破産なのでその後は税金を使って経営を維持しています。
それはまだいいんですが(よくない)問題は黒字化のためにファイターズに過重な負担を強いていた点ですね。
自分で球場作った方が安上がりなぐらい搾り取られていたので、それならということで自分で球場作って出ていったわけです。

つまり、本当にノウハウを持ってる優秀な企業が中に混じってた場合でも、その利益は全部他企業や自治体に吸い取られて、優秀な企業が地獄を見ることになります。
そうなると最終的に優秀な企業は出ていってしまうので、残ってるのはますます足手まといばかりになるんですよね。

第三セクターがこのような酷い有様なのは文字通り公私混同しているからです。
そしてこの公私混同こそがまさにマスコミという存在の問題点であり、ひいては日本、更に民主主義を標榜している世界各国の問題点でもあります。

プログラミングのpublicとprivateから公私を考える

何故公私混同をしてしまうのか、その仕組みを理解するためにまずは公私というものをプログラミングの事例を通して考えていきましょう。
勿論プログラミングとか触ったことがない人でも問題なく理解できる内容なのでそこは安心してください。

↑の画像はこのサイトで提供している3DViewerアプリで使われているスクリプトコードの一部をスクショしたやつです。
黄色をかけているpublicprivateの説明を通してについての理解を深めていきましょう。

公とは公開すること、私とは秘密にすること

まず、画像の左端に並んでいる数字は行数を表しています。
プログラミングは上の行から下に順番に処理していって、9行目からMeshManagerというクラスの中身を定義していってるんですが、各行publicとかprivateの文字から始まっているのが分かると思います。
これはアクセシビリティと言ってpublicにするとその行の内容を他のクラスに公開することが出来ます。
そして各行にはそれぞれルールが書かれていますので、public公開されたルールと言うことも出来ます。
反対にprivateの方はその行の内容を他のクラスから隠すことが出来ます。
なのでprivateはクラス内部ではルールのように振舞いますが、それを外から見ることは出来ません、その内容は秘密にされています。

私の方が制限は多い

このようにpublicというのは公開を表していて、private秘密を表しています。
なのでは規律では自由というイメージは間違っています。
どちらにもルールはありますし、どちらもルールの範囲内で自由に動くことが出来ます。
むしろの方が守らなければならないルールは多いです。
何故ならのルールは皆が守らなければならないのに対して、のルールはあくまでそのの範囲でしか適用されないからです。
なのでの方はのルールだけ守っていればいいのですが、の方はのルールものルールも両方守らなければなりません。
だからの方が守らなければならないルールが多くなるので、制約はむしろ厳しくなるんですよね。

公の中に秘密は存在できるが秘密の中に公は存在できない

次に9行目の赤下線のpublicを見てみましょう。
この9行目ではMeshManagerというクラスそのものを定義していて、10行目以降でその中身をそれぞれ定義しています。
ここがもしpublicではなくprivateだったとしたら、10行目以降のクラスの中身も全部privateになります。
これがprivateの特徴で、↑図のようにpublicの中身はpublicでもprivateでも両方存在できますが、上位のカテゴリーがprivateだとその中身も全部privateに統一されてしまいます。
これはどういうことかというと、の中に秘密は存在できますが、秘密の中身はにはならないということを表しています。

公企業と私企業の間にその公共性において違いは存在しない

の中身はにならないということは、一般的に言われている私企業はどうなのでしょうか?
私企業はその中身を全て秘密にしていますか?そんなことはありませんよね、そもそもそんなことしたら何も売ることすら出来ないのですから。
では私企業と公企業って何が違うのでしょう?公企業はその中身を全て公開していますか?
それも違いますね、公企業にも私企業にも同じように秘密にしている部分は存在しますし、私企業だから隠していたり公企業だから公開している部分も特にありません、公企業だから私企業より公開の比率が高いということも特にありません。

では公企業と私企業は何が違うのでしょうか?という意味では何も違いはありません。
あるとするなら税金を使っているかという点と、規模の小さい私企業は公共性という点で弱いという点ぐらいですかね。
規模の小さい私企業は公開はしていますが、認知自体がされていないので結果的に隠されているのと同じ状況になっています。

誰でもゲットできるけどセットは一部の人しかできない

では最後に11行目の黄色下線のprivateを見ていきましょう。
ここでは行末の方に{ get ; private set ; }という形で書かれていますね。
これは何を表しているかというと、その前にあるInstanceというものは皆に公開されて皆が使うことが出来る(get)けど、その値を設定(set)する権限はこのクラスの内部だけに与えられている、ということを表しています。

つまり、ここではprivate隠すという意味で使われていません。
対象を限定するという意味で使われています。
実はこれまでのprivateも正確に言えば限定して公開するという意味の方が正しかったりするのですが、公開秘密という二項対立にして説明した方が分かりやすかったのでそうしていただけですね。

実はこの{ get ; private set ; }の形は所謂法律の構造そのものとも言えます。
皆に法律は公開され皆が法律を守り皆がその恩恵を受けているのですが、法律を設定する権限を持っているのは限られた一部の人間だけという構図ですね。
こうすることで所謂「船頭多くして船山に上る」状態を回避するわけです。

公私の概念まとめ

公私の概念はこれから先何度も出てくるので箇条書きでまとめておきますね。

  • 公は公開で私は秘密(限定された公開)を表す
  • 公は規律で私は自由というイメージは間違い、むしろ私の方が制限が多い
  • 公の中に秘密は存在するが秘密の中に公は存在しない
  • 公企業と私企業の間にその公共性において違いはないが、大企業と小企業の間になら強弱の意味で違いがある
  • 法律という権力は皆に平等に公開され皆が平等に使うことが出来るが、法律を設定することが出来るのは限られた一部の人間だけ

これらを前提にして第三セクターとかマスコミの問題点を一つ挙げるなら、事業規模の割に情報の公開をしなさ過ぎなのが問題と言えます。
公務員はまだ一番上は選挙で選ばれていて、実際にトップ次第で政治が変わるからマシと言えそうですが、三セクとかマスコミってその辺の信用からして皆無ですからね。
もうこうなると、人事のシステムを改善してトップをまともな人に入れ替えても無理なところまで来ています。

それに加えて新聞テレビ等のオールドメディアと呼ばれているマスコミには、もう社会的な役割は所謂反社組織としての役割以外何も残っていません。
反社組織としての役割とはテロや犯罪行為で社会不安を引き起こすことで逆に民衆の民主主義への意識を強めるという役割です。
ジャーナリズムの発露としての役割を担うには、ツールとしてあまりに時代遅れ過ぎて不便過ぎるのです。
というわけで次の章でテレビシステム刷新の話をしていきましょう。

マスコミの処遇

テレビは時代遅れ過ぎる媒体

今のインターネットの時代にテレビ放送が時代遅れ過ぎると断言する理由は主に次の2つからです。

  1. 「報道しない自由」と言って取材した内容を公表しないことは検閲に当たるから
  2. テレビ放送に電波を割り当てる必要性が全くないから

1はインターネットが登場するまではテレビ番組のようなものを作れるのは実質テレビだけで、テレビには枠の問題があるから取材しても公表されないことあるのはやむを得なかったのですが、今はテレビの枠に入れなかった分も動画にして公表することが出来るのでその言い訳は使えません。

2はテレビ番組をインターネットを使って流すようにすれば、テレビ用に占有していた周波数帯を他の用途に開放出来るようになるので、そっちの方が世のため人のためになるやろ?って話です。
まぁ筆者も知識がないのでテレビが占有している周波数帯で何が出来るのかとか全然分からないですけど、少なくとも法の下平等の観点から無意味に一部だけを優遇してはならないので電波を占有し続けるには何か理由が必要なんですが、何もないのが問題なんですよね。

TVw(仮)

というわけで現行の事業者ごとに電波を割り当てるという非合理的な方法を止めて、政府主導でTVwテレビワラ(仮)というテレビ番組を流す用のSNSサイトを作ってしましましょう。
TVw(仮)では視聴は誰でも出来ますが、テレビ番組の投稿にはマイナンバーを使ってアカウント登するが必要があります。
それだけだったら登録にマイナンバーが必要って以外はYouTubeと何も変わらないんで、緊急時に臨時ニュースが流れるように機能を追加しましょう。
そんでMicrosoftBingとかでYouTubeの番組を検索して視聴した場合↓のようにフォーマットがBing仕様で視聴できるようになってるんですが(←がBing仕様で→がYouTube仕様)それと同じように外部サイトの番組もTVw(仮)で視聴できるようにします。

BingでYouTubeの番組を見た場合の画面

視聴者がわざわざ番組を探さなくても自動でそれなりに見たい番組が流れるシステム

ここからがTVw(仮)の真骨頂になります。
テレビ局は自分でも番組を作るんですけど、一番の仕事は自分の見せたい番組を見せたい順番に並べて、視聴者がTVw(仮)を付けたら自動的に並べた順番にテレビ番組が流れるようにすることです。
どういうことか分かりやすくするために、↓に生活スタイルの違う3人のTVw(仮)でのテレビライフを表にして載せてますので、これを使って説明していきましょう。

 ニュース天気予報ドラマスポーツ映画
A7:05~7:407:00~7:0520:00~21:0021:00~21:20
B6:35~7:306:30~6:3518:00~20:30
C22:00~22:208:30~8:35

AさんBさんCさんそれぞれ朝起きてTVw(仮)を点けたらまず自動で天気予報が流れます。
三人ともそれぞれ別の時間帯ですが、放送ではなく動画形式なので同じ天気予報動画を視聴しています。
これ、従来のテレビには出来ない芸当で、3人とも従来のテレビで天気予報を見るためにはテレビを点けたときにたまたま天気予報が流れていたという状況でなければいけません。
ABCがそれぞれ別々の時間に視聴した場合、従来のテレビ放送では最低でも3回天気予報の放送をしなければいけないのです。
なので長時間テレビを視聴している人は同じニュースや天気予報を何度も見ることになります。
そういうクソみたいな無駄だらけのシステムを止めましょう。

天気予報が終わると次にABの方では自動的に天気予報動画からニュース動画に切り替わりますが、仕事が忙しいCはそこでTVw(仮)を消して出社します。
それからABも一旦仕事等でTVw(仮)から離れるわけですが、帰宅後に再びTVw(仮)を点けて趣味嗜好毎に合わせてドラマ、スポーツ、映画等と自動で動画がピックアップされて、見終わったら次に自動的に切り替わります。
つまりこれは視聴者がわざわざ番組を探さなくても自動でそれなりに見たい番組が流れる、というシステムなんですね。

こうするとテレビ局側としても視聴者の趣味嗜好に合わせて見せたい番組を見せることが出来る、というメリットがあります。
YouTubeとかだとAIで視聴者の趣味嗜好を分析した上で運営が見せたい番組をTopページに持ってきてるんだけど、所詮はAIによるピックアップだから普通にクソ番組も混じってるし、サムネ詐欺みたいなものも横行している。
となると、人間が仕事として責任をもって面白い番組を随時ピックアップしていってくれるんなら、それはそれで需要がありそうですよねってことです。
一応言っておくと、手動でチャンネルを変えることは当然出来ますのであしからず。

TVw(仮)の事業にはマイナンバーがあれば誰でも参加できるので競争が発生する

TVw(仮)によってテレビ局は自分達の見せたい番組だけを紹介できるようになるので「マスメディアは一定の質を担保できるから必要、SNSは玉石混淆で有害情報に触れる危険性がある」とかいう言い訳に答えた形になります。
あとはテレビ局が視聴者にとって有益な番組を紹介し続ければ評価は上がるし、害悪な番組を紹介すれば人は離れていきますからそれ次第といったところですかね。

当然「見せたい番組をピックアップして視聴スケジュールを作って提供する」事業には誰でも参入できますので、視聴者獲得はその人達との競争になります。
とはいえテレビ局側は自分達で作成した番組を他で見れないように限定公開という形にすれば、その分有利になります。
なのでテレビ局側が普通に質の高い番組を作って紹介すれば普通にシェア獲得競争に勝てるはずなので、ちゃんと出来るかお手並み拝見といったところですね。

オールドメディア呼びに発狂とかw

こないだNHK会長が流行語大賞に「オールドメディア」がノミネートされたとかでコメントを求められて「オールドメディアと呼ばれる筋合いはない」と答えたらしいんですが、それに対する感想です。

オールドメディアと言われると、昔アメリカがイラクに「大量破壊兵器がある」とか言って戦争仕掛けたことがあったんですが、当時の米ラムズフェルド国防長官が戦争に反対する英以外の欧州諸国に対して「古いヨーロッパ」と批判したことを思い出します。
当時言われた側の「古いヨーロッパ」の諸国ではこの批判は割と好意的に受け取られて「古いヨーロッパってむしろ誉め言葉だろ」とか言われてましたね。

これ自分たちの歴史に誇りを持っていれば当然の反応で、たとえ誹謗中傷目的であっても、それまでにちゃんと積み重ねてきたものがある人からすれば「古い」と言われることはむしろ誉れなんですよね。
例えば江戸時代から続く老舗の料亭の主人が何も知らない新規客に「古臭い店だなぁ」と言われたからといって「古臭いと言われる筋合いはない」とキレ散らかしたりするでしょうか?
おそらく「おかげさまで長い事店を続けさせていただいております」とか誇らしく答えるんじゃないでしょうか。

だからオールドメディアと言われて発狂するってことは、いかにマスメディアと言う存在がそれまで何も成し遂げてこなかったか、ってことを自覚している証拠なんですよね。
日本にテレビという媒体が出てきてからもう70~80年経ちますが、これだけ大きな事業をそれだけの長い年月任されて、それで何一つ誇れるものがないって、もう事業畳んだ方がいいでしょう。

筆者もただ古くて非効率というだけでここまで批判したりはしません。
マスメディア以外にも古くて非効率なシステムというのはたくさん残っていますからね。
例えば貨幣制度、これも今の時代には非効率的なシステムで、本当は紙幣通貨を全部廃止にして電子マネーに統一してしまった方が安上がりで便利で安全だったりします。
実際アフリカとかの新しく発展してきた国では決済の手段はスマホを使った電子マネーが主流だったりすることもあるみたいですし。
でも貨幣制度はシステムとしては時代遅れになっても自分に出来ることをやっているので、結果日本では国民の信頼を勝ち取っています(紙幣通貨の信頼というのは具体的には偽札が流通せず一万円札がちゃんと一万円の価値を持っている状態のことです)。

それに比べてマスコミは偏向報道とかデマを流して自らの役目をロクに果たさず、自身の価値を毀損し続けています。
これは貨幣制度でいうところの偽札(嘘情報)が蔓延している状態ですよね。
それだけならまだいいのですが、自業自得で価値を失っているのに、価値を失えば失うほどそれに反比例してどんどん暴力性が増していってます。
そうなるともうマスコミの存在価値なんてのはジンバブエドルと同じぐらいの状態と言っていいでしょう。

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